ケイちゃんからの頂き物です。
「へりくつツンデレーション」で書いてくれたお話の続きです。
「え!そんな本知らないわ!」と言うアナタも
エゴ組二人が津森先輩を自宅に放置して、初詣にきた!これさえ分かっていれば大丈夫!


  願い事ひとつ


 パンパンと両手を2回打ち合わせた後、深々と頭を下げたヒロさんが、ピンと背筋を伸ばして気をつけの姿勢になるのを、なんだかとても神聖な気分で見ていた。
 神社という場所がそうさせたのかもしれない。
 どういうわけか、俺達の家に新年会と称して少しばかり遅い正月休みを満喫しようと転がりこんできた津森先輩を一人残して、ヒロさんとの初詣。
 やっと二人きりになれるかと思ったけれど、現実はそう甘くない。三が日を過ぎた後の早朝にもかかわらず境内には意外と人がいた。混雑を避けて参拝に来た人たちか、あるいは自分と同じように年末年始に休みがなかった境遇の人たちか。
「神サマも次から次へと勝手な願いごとを一方的に聞かされて大変だろうなー。正月だけ出店の食いもん目当てに来て、ついでに5円玉投げつけてくヤツらのことなんざ知ったこっちゃねーとか、絶対思ってるって」
 帰り道、砂利を踏みしめながらヒロさんが、実にヒロさんらしいことを言った。
「あはは。ほんと神様も大変ですね。で、ヒロさんはどんな無理難題をお願いされたんですか?」
「…なっ、別に俺は無茶なことは言ってねーよ。つか、お前こそどーなんだよ? どーせ、お前のことだから、ヒロさんがごにょごにょしてくれますよーに、とかなんとか、くだらないこと言ったんだろ?」
「残念、違います。ヒロさんにごにょごにょして欲しい云々は、毎日願ってますけど、ヒロさんへのお願いは直接ヒロさんに言うように心がけていますし、その方が神頼みより効果もありそうなので」
「じゃ、何なんだよ? お前の願い事って?」
「ええと、病院の子供たちがみんな早くよくなりますように、って。あと、病気そのものが、この世から消えてなくなりますように、ってお願いしました」
「スケールでかッ! お前、無茶言い過ぎだって。それに、病気がなくなったら、お前、失業するだろーが」
 あ、そうか。
 みんなが元気なら、医者が要らなくなるんだ。考えもしなかった。やっぱりヒロさんってすごい。
 医者っていう職業が必要じゃない世界っていうのは、究極の理想だと思うけど、職を失ってしまうのはさすがにちょっと困る。あ、いや別に医者じゃなくても福祉系とかあるし、再就職先なんてのは頑張れば多分なんとかなるし、最悪、昔みたいにバイトをいくつか掛け持ちすれば、贅沢はできないけれどヒロさんと2人暮らすぐらいの資金は稼げる。ヒロさんには何を言われるか分からないけど、今まで俺が忙しすぎてロクに時間を取れなかった埋め合わせをすべく、しばらく専業主夫をさせてもらうのもいいかもしれない。
 うわぁどうしよう…。
 神様に願い事のやり直しをお願いしたい。いやそもそも取り消しって可能なんだろうか? やったことがないからわからない。
 さっきのお願いを取り消して貰うお願いをして、新たにお願いをするというのはどうだろう。
 いや、でもこれだと1日に3回のお願いごとをすることになってしまうし、神様もきっと混乱してしまう。
 ……困った、どうしよう。
「う〜…寒ッ。何してんだ? 野分。行くぞ?」
「あ、はい」
 神様をどう説得するかという無謀な考えごとで足が止まっていて、知らないうちにヒロさんとの間に数十歩ぶんの距離があいていた。
 ヒロさんと神様を天秤に掛けた結果、当然、ヒロさんが勝った。
 当たり前だ。
 俺は慌ててヒロさんを追いかける。
 小走りで追いついた俺の横で、ヒロさんは寒い寒いと連呼しながらしきりに両腕で自身の腕をさすっていた 。
 今すぐにでも、抱きしめて温めてあげたい。
 けど、こんな他人の目につくところで抱きついたりなんかしたら、多分、ヒロさんは激怒する。しばらく口も聞いて貰えなくなりそうだ。
「…あの野郎、もう帰ったかな?」
 チラリと腕時計を見てヒロさんが言った。
「うーん、どうでしょう」
 時刻は8時。久々の休日を得た人が動き出すにはまだまだ早い気がする。
 一応、津森先輩には、起きたら適当に食べてとっとと帰って下さいとの書き置きは残して来たけれど、先輩の性格上、俺達が帰って来るまで居座っていそうな気もする。
 先輩が居座ってるうちはヒロさんも意地になって帰ってくれないだろうし。俺にとっての先輩はいい人なんだけど、ヒロさんの精神衛生面を思えばこれ以上の接触は避けた方がいい。
 俺としては、どちらかが折れるまで意地の張り合いなんて事態は回避したいけれど…。このままだと寒空の下を歩き回ってるこっちの方が絶対に分が悪いし、そのせいでヒロさんに風邪をひかせてしまったりなんてのは、怖くて考えたくもない。
 早く暖かい所にヒロさんを連れてってあげたい。
 ヒロさんと2人きりになりたい。
 ヒロさんと休憩できるところ…。
 ぐるりと周辺を見回して目に入ってきたのはとある建物の脇のきらびやかな看板だった。

 宿泊 8500円〜
 休憩(3時間) 3800円〜 
 サービスタイム(7時〜14時) 3800円〜

「ヒロさん! ラブホテルに行きませんか?」
 ここならゆっくりふたりっきりで休憩できる。
 しかも今なら時間的にお得。
 閃いた瞬間、俺はそう口にしていた。
 ビクッと体を震わせたヒロさんに物凄い形相で睨まれる。
 ……あれ? 
「あ、いえ…。外を歩き続けるのも寒いですし、俺もヒロさんも、津森先輩のおかげで昨晩、ほとんど眠れてませんし…。家に帰っても先輩まだいるかもしれませんし。ええと…、じゃなくて、男同士で、あーゆーところ入るのはダメだったりするんでしょうか…?」
 しゃべればしゃべるほどヒロさんの表情がこわばっていく。俺、何か言い間違えただろうか、と思い返して大事なことを言い忘れてたことに気がついた。
「あ、あの俺、今すぐヤリたいとか、そういうわけじゃなくて、えと、したくないとかいうわけでもなくて、むしろしたいっていえばしたいんですけど、じゃなくて、そういうのだけが目的じゃなくてですね…」
「黙れ。もういい。それ以上、頼むから喋るな」
 弁解をしようとすればするほど、どつぼにはまっていく俺の台詞をヒロさんが問答無用で遮った。
「…すいません」
「謝るなら最初から言うな」
「ええとその、俺、ヒロさん寒そうだし、暖かいところでゆっくりしたいな、と思ってる時に、看板を見ちゃったんで、そういうのもアリかなと思ったんです」
「別に、一休みするなら喫茶店とか飯屋でいいだろが」
「俺、ラブホって行ったことないんですよね」
 今はヒロさんと同居してるし、以前も一人暮らしのヒロさん家に入り浸れたから、そういう場所を借りる必要がなかったのだ。ヒロさん以外の人を俺は知らないし、知りたくもないし、となると、ヒロさんが首を縦に振ってくれないかぎり永遠にあの中に立ち入ることは出来ないわけで…。
 知人との会話の折に、どこそこのホテルの設備が…なんて小話を聞かされるたびに自分たちには必要ないと思いつつも気になっていたのも事実で。
 お互いに忙しすぎて旅行なんて夢のまた夢。ちょっと場所だけ変えて小旅行気分、なんて考えはやっぱ甘いのかな、なんて考えてる俺の目の前で、しかめっつらをしたままのヒロさんが低い声で聞いた。
「野分、てめー…どっピンクな趣味の悪い部屋とか、ミラーボールとか、ガラスばりの風呂とか、回るベッドとか…興味あんのか?」
「え…いや…そうじゃなくて」
 口ごもったのは、ヒロさんがいつだれと、ミラーボールだとか、どっピンクな部屋だとかの経験をしたのかと、気になってしまったからだったのだけれど、ヒロさんはこの話題をさっさと切り上げたかったのか、都合よく俺の言葉をただの否定にとってくれたみたいだ。
「社会見学目的じゃなきゃ、ウチでコト足りんだろ。帰ってお前がとっととあのバカを追い返しゃーいーんだろーが」
 ツンとそっぽを向いて、ヒロさんはそんなことを言って早足で歩き出してしまった。
 …え? え? え? それって、それって、もしかして!
 前を歩くヒロさんの耳が真っ赤なのは、きっと寒いからじゃなくて、ええと…。
「野分! 遅ぇぞ! とっとと来い!」
「は、はい!」
 全速力でヒロさんに追いつきながら、家に帰って、もしまだ津森先輩がいたら全力でたたき出してやろうと考えるだけで頬の筋肉が緩んでくる。
 素直じゃないヒロさんの精一杯の大好きを受け止めて、2倍3倍…いや、100万倍にして返したい。
 だから、はやく家に帰ろう。




 

【あとがき】
春名さんの「へりくつツンデレーション」という本にお邪魔した時に書かせていただいた話の終了後の小話を、野分視点で書いてみました。
それにしても野分の一人称って、すんげーカオスだなぁ…。あ、私のせいか(笑)
実はこの話、春名さんにちょっと見せたあと「手直しするから返してねー」と言ったっきりしばらくたってまして、忘れてるようだしこのままこっそりお蔵入りさせようと思ってたんですが…。先日「あれ、どーなったの?」といわれまして…。
この猛暑日の続くさなか、正月の話だなんて!と変な汗がとまりません。

2010.07.29     ケイ



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