[朔月]の十六夜様より相互リンク記念に頂きました!!!
「高槻学部長を是非!!」という私の無茶なリクエストをこんな素敵なお話にしてかなえて下さいました!!

 


油断大敵

 

敗因は、久しぶりに野分と二人での外出と浮かれていた事

それ以外に思い当たらない

ただ日用品を買いに出ただけだが、ついでに映画を見れば立派なデートになる。

そう思って、昨日の内に開演時間などをチェックしておいたのに・・・

まさか、バス・トイレタリー用品を扱っている店でこの人と会うとは思わなかった。

「上條君」と声を掛けられ振り向いた弘樹は、ほんの一瞬でそれだけの事を考えていた。

「あ… こんにちは……」

他に何を言えば良いのか?

国語を操る国文の教師をしているのに、咄嗟の言葉が思い浮かばない

そんな弘樹に向かってその人は「堅苦しい挨拶なんかいらないよ」と言う。

「はあ…」

休みの日に、出先で職場の上司に会うほど気まずいものは無い

ましてや、学部長の隣には、俺を見るといつも睨みつけてくる彼が今日も凄い顔をしている。

その時、弘樹の横をすり抜け野分が前へと進み出て頭を下げた。

「学祭の時はお世話になりました」

「君は… 上條君の従兄弟だったね

あの時は上條君を拘束してしまって悪かったね。 せっかく学祭に遊びに来ていたのに」

「いえ、ヒロさんの可愛い姿を見ることが出来て良かったです」

さらっと言ってしまった野分の口を今さら塞ぐことも出来ず

かと言って、上司の前で暴力をふるうことも出来ない弘樹は曖昧な笑みを浮かべるしか無い。

野分の言葉を聞いた高槻は「たしかにあの時の上條君は美人だったな」と楽しそうに笑う。

「じゃ、あの… 学部長、親子水入らずのお買い物の邪魔をするのも悪いんで、この辺りで失礼します。」

「ん? 何か急ぎの用事でもあるのか?」

「いえ…」

「じゃあ、ちょうど昼時だし一緒に飯でもどうだ?」

「えっ、いや……」

弘樹は、急ぎの用があると言って逃げればよかったと後悔するが今更後の祭りだ

「実は、こいつはうちの息子なんだが…

一人暮らしを始めて一年近く経つのに、まともな日用品を持っていなくてね。

家内が「お金を渡しても買わないみたいだ」と言って心配してな

私に「一緒に買いに行ってやってくれ」と言うもんだから仕方無く出て来たんだが

何を買い揃えれば良いのかさっぱり分からない。 出来ることならアドバイスを貰いたいんだ

頼む! 上條君は独り暮らしが長いんだろう?」

「はあ… それは、まあ……」

学部長にここまで言われると断るのが難しい

学部長はとても良い人で普段から世話になっている。

出来ることなら少しぐらいは力になりたい。

しかし、弘樹は自分でそういうものを買い揃えた事が無い。

たしかに大学に入ってすぐに独り暮らしを始めたが、母親が勝手に用意していた物を使っていただけだ。

マグカップなんかは気に入ったものを見付けた時に買い足していたが

他の食器等は、割れた時に同じ様な物を選んでいただけだった。

そして、今ある物のほとんどは野分が買い揃えた物と、こうして出掛けた時に一緒に買った物なので弘樹にはよく分からない。

「あの…  俺で良かったら一緒に選びましょうか?」

弘樹が困っていることに気付いた野分が横から口を出す。

「「えっ?」」

思いもよらない人物から申し出に、高槻親子は驚きの声を上げ、弘樹も反射的に野分の方を振り向いた。

「俺、雑貨なんかを見るのは好きなんで……」

「そうかい? そうしてもらえると助かるよ。

それじゃあ、お礼と言っては何だが昼食は私に御馳走させてくれ

近くに家内お勧めのバイキングの店があるんだ。 先日、私も一緒に行ったが良い店なんだよ。

先に食事を済ませよう。 こっちだ」

高槻はそう言うと、先頭を歩きはじめる。

その後ろを忍が、続いて弘樹と野分がついて行った。

 

高槻の案内で連れて来られたのは繁華街のはずれ

こんな所に店があったのか?と言うような隠れ家的なその店は平屋建てで小さな庭に噴水があり

白い壁に大きな窓、明るい店内はテーブルの間隔が広く取られていて開放的だった。

昼時と言っても少し早目の時間だからか客数は少なく、バイキングレストラン特有の雑然とした慌ただしさは感じられない。

料理は、和洋中あり、どの料理も一口大で食べやすく味も良かった。

デザートも、アイスクリーム・フルーツ・数種類のケーキが用意されていて、食後のお茶と共に楽しめるようになっていた。

「時間制限もないからゆっくり出来るのがご婦人たちに受けているらしい」

先日、夫人と共に来た時の事を話す高槻に話を合わせながら

弘樹は『今度、野分と二人で来るのも悪くないな』等と考えていた。

「ところで、息子さんの日用品と言うことでしたけど、どういったものを探せば良いですか?」

高槻の話の切れ間を見付け、野分が本来の目的について質問すると

高槻は「そうだった」と言って溜め息を一つこぼした。

「忍は、大学入学を機に独り暮らしをしたいと言いだしてな

最初は私も家内も反対したんだが、見つけて来た部屋が宮城君の家の隣だったもんだから「えっ?!」」

高槻の話の内容に、弘樹は驚きの声を上げ、黙々とアイスを口に運んでいる忍に視線を走らせる。

「驚くだろう? 

いくら一時期は義理の兄だったと言っても、宮城君にうちの家族の事でこれ以上迷惑をかけるのはどうかと思ったんだ

しかし、忍が誰よりも宮城君に懐いている事と、宮城君も忍を可愛がってくれているんでつい甘えてしまってな…」

「は…あ……」

宮城から聞いた訳では無いから詳しい事は知らないが

宮城と忍の間柄が、自分達と同等であろう事は察しがついている。

可愛がるは可愛がるでも、高槻が思っている内容とは違っているだろう。

「気に掛けてもらっているだけならまだしも、食事なんかでしょっちゅう面倒を掛けている様なんだ

少しづつでも自分でさせないと拙いだろうと思っ「飯作ってんのは俺だよ!」」

それまで、一言も口を開かなかった忍が、ぶすくれた調子で文句を言ったが

父親は疑いの眼差しを自分の息子に向ける。

「まっ、そう言う事で、調理道具や食器類なんかを揃えてやりたいと思って見に来たわけなんだが

上條と……」

「あ、俺、草間野分といいます」

「ああ… 前に聞いたはずなんだが失礼したね。

上條君、そして草間君、改めて宜しく頼む」

「はい、出来るだけお手伝いします。  ねっ、ヒロさん」

「あ、ああ…」

改めて頭を下げる高槻に野分は満面の笑みで返事をし、弘樹が戸惑ったように頷いたその時

「けどさ、さっきから見てて思ったんだけど

上條さんと草間さんって従兄弟って感じには見えないよな」

「え?」

「顔も似てねぇしさ…

なにより、草間さんが上條さんに構う雰囲気が従兄弟って言うより恋人っぽいつうか……」

「なっ!」

突然の忍の発言に、弘樹は言葉を失い息をのむ

「忍、失礼な事を言うもんじゃない! 上條君と草間君に謝りなさい!!」

「だって、料理を取る時もドリンクを取る時も、草間さんがやたら世話焼いてるっつうか…

上條さんも草間さんに甘えているように見えたしさぁ」

窘める父親の言葉を無視して、どう考えてもわざと言っている忍に対して

怒鳴りつけたい衝動を押さえ込む弘樹とは対照的に

「そんな風に見えますか?」と問う野分の声はどことなく弾んでいる。

「う、うん…」

慌てる様子もなく、ニコニコと問い掛ける態度に気おされ気味に頷いた忍に、野分は嬉しそうに

「ヒロさんって、すっごく照れ屋なんで外ではそっけないんですよね

だから俺、心配になる事が多いんですけど

あまり知らない人から見てちゃんと恋人っぽく視えるって言うのはほっとします」

「「えっ?!」」

「なっ!  おま… こんな所でばらしてなに考えてんだ! バカや…ろ……ぅ

ぁ………」

驚いて部下に視線を向ける高槻とは対照的に、立ち上がって野分を怒鳴りつけた弘樹

しかし、途中で現在の状況を思い出し声が尻つぼみに小さくなってゆく

野分の発言に対して《ばらす》という言葉は、その関係を肯定する以外の何物でもなく

それを事もあろうに学部長の前で…

弘樹は、忍の策略にはまった自分に歯噛みをしながら取り繕うための言葉を探すが何も浮かばず

苦虫を噛み潰したような表情で俯いてしまった。

そんな中、野分の発言の切っ掛けを作った忍が

「あんた、すげーな…」と尊敬のまなざしで野分を見つめる。

暫くの間、呆然と上條を見ていた高槻だったが、忍の声で我に返り「忍のせいで申し訳ない」と頭を下げた。

「………ぃぇ…」

「まあ、別に犯罪を犯しているわけじゃなし、良いんじゃないかな?

私は、そんな事をとやかく言うほど狭量でもないし、上條君を偏見の目で見るほど愚かでもないつもりだ」

「は…ぁ……」

弘樹は、俯けていた視線を上げ、複雑な表情で高槻を見つめる。

その視界の片隅に、なんとも言えないくらい嬉しそうな表情をした忍が見えたが

それには目を瞑り、何も見なかった事にした。

「それに、上條君は女性的ではないが美人だし、妖艶に見えん事もないからな

それより、人の気持ちも考えず不用意な事を言った忍を許してやってほしい

忍、上條君と草間君にきちんと謝罪しなさい」

父親の顔で厳しく注意をする高槻を見て、弘樹と野分は逆に頭の下がる思いがする。

「……すみませんでした」

暫しの間の後、弘樹と野分を交互に見た忍が頭を下げて謝罪を述べた。

「……… 息子さんも何か思うところがあったんでしょう

それより買い物の件ですが

学部長は、食事なんかの面で息子さんが宮城教授に世話になっているとおっしゃいましたが

息子さんが、教授を食事に招待するなんて言うのはどうですか?」

「あっ、それは良い考えですね。

一人分の食器を選ぶより楽しいですから」

弘樹は、半分意趣返しの意味もあって言った言葉だったのだが、野分は素直に賛成の意を示す。

「なるほど、日頃面倒を掛けているんだから偶にはお礼の意味を兼ねてと言うことか」

「はい、良いと思います」

「……そうだな   どうだ?忍」

「ん? ああ… 良いじゃね」

「決まりですね。 じゃあ、とりあえず調理器具を扱っているお店の方に行きましょうか?」

野分の言葉を切っ掛けに、四人は再度ショッピングモールへと向かった。

 

前を歩くのは野分

その横を、忍が野分を見上げながら歩いている。

「草間さんって凄いよな」

忍の言葉に野分は首を傾げ「どこがですか?」と逆に問い掛ける。

「だって、あんなに堂々と恋人だって言えるってすごいだろ?」

「別に大したことはありませんよ? ヒロさんは俺にとってかけがえのない大切な人ですから

それをそのまま言っただけです。」

「…でも、あんまり大っぴらに言う事じゃないだろ?  現にアイツ…  ぁ……

あの、上條さんだって顔色変えてたし」

「ああ、ヒロさんは照れ屋ですから」

忍は、そんな問題じゃないだろうと思ったのだが、伝える言葉が見つけられず黙り込んでしまう

いつも宮城の傍にいる上條と言う男に、自分にはないものを感じそれに嫉妬していた。

今日は、二人を見ていて草間野分と言う男の素直さと潔さを羨ましいと思った。

「宮城は、草間さんみたいに言ってくれない」

俯いたまま言った言葉は、思った以上に大きな声になってしまって野分の耳に届いたのだろう

野分は隣を歩く忍を一瞬見下ろしたあと正面を見直し「大丈夫ですよ」と言った。

「えっ?」

「教授はヒロさんが尊敬している人です。  だから信用できる方だと思います。

少々悪ふざけをされる事もあるようですが、忍君を大切に思ってらっしゃるのは間違いないと思いますよ?」

「………そうかな?」

「はい」

野分の迷いのない返事は忍の心を軽くしたのか、ホッと小さな息を吐く

そして、俯けていた顔を上げ「何から買いに行けば良い?」と問い掛けた。

 

そんな二人を、後からついて行く高槻と弘樹がそれぞれに複雑な表情で眺めていた。

「すまないな」

「……いえ」

深い溜め息を吐いた高槻が謝罪を述べたが、弘樹には何に対しての謝罪なのか理解が出来ない

先程の忍の発言が元で野分との関係を聞き出すことになってしまった事に対してなのか

それとも、現在、弘樹の恋人だと判った野分を自分の息子が独占してしまっている事に対してなのか・・・

または両方についてなのかもしれないし、もしくは別の理由かもしれない

高槻の気持ちを計りかねたまま、穏やかでない気持ちを押さえ込んで前を行く二人を見つめ

高槻と肩を並べて歩を進めていた。

「忍は、上の娘からかなり間を置いて出来た子で、私も家内も甘やかして育ててしまったんだろうな

我が子ながら何を考えているのかさっぱり解らん

あんな目付きで見られて、さぞ不快な思いをしていただろう」

「・・・」

「宮城君には理沙子… 娘の事でも迷惑を掛けてしまったというのに息子まで……

上條君、君にも色々迷惑を掛けるような事も有るかも知れんが

その時は、年長者の意見としてガツンと言い聞かせてやってくれ」

「はっ? あの…」

「鬼の上條モードで良いから、宜しく頼む

君の…  その… 彼氏にもそのように頼んでおいてくれ」

「や… 学部長、それは……」

「忍は親や姉の言う事より、信頼できる他人の言うことに耳を貸すタイプのようだから宜しく頼む」

高槻はそう言うと、人通りの多い往来にも拘らず深々と頭を下げた。

弘樹は、周りを行き過ぎる人々の視線と、承諾しなければ頭を上げそうにない高槻に負け

「分かりました」と返事をする羽目になった。

 

何かにつけて使い勝手の良い雪平鍋と、取っ手の取り外しが可能な鍋のセット

そして、フライパン等を買った後

専門店が軒を連ねるフロアーに在る食器店に入る。

「この店は、柄やデザインが同じで色が違う品が揃っているんです」

「?」

説明に首を傾げた忍に、野分は声をひそめ

「普通、食器のセットって男性用と女性用がセットになっているでしょう?

でも、ここなら気に入ったデザインの物を色違いで揃えられるので

男性用のセットとしても買えるんです」と囁いた。

それを聞いた忍は早速辺りを見渡す。

「御茶碗・お椀・湯呑・お箸は揃えたいですよね。

あとは、お皿を何種類かとマグカップは友人用に何個かあると便利ですよ?」

「アンタ…  アイツ… 上條さんから何か聞いてるのか?」

「いえ… でも、忍君を見ていれば宮城さんの事が本気で好きなんだって事は分かります。

だから、お父さんに分からないようにこっそりお手伝いです。 迷惑でしたか?」

「……迷惑じゃねぇ」

「良かった。 じゃあ、お父さんに怪しまれないように選んで来てください」

「わかった」

忍はそう言うと、気になっていたデザインがあったのだろう、真っ直ぐにそのコーナーへと向かって行った。

「世話を掛けて申し訳ないね」

背後から声を掛けられて振り向くと、大きな荷物を抱えた高槻が弘樹と共に立っている。

「いえ  それより、荷物が重くないですか?」

「ん? いや、買い物が全部終わったら店の宅配サービスを利用するつもりだから大丈夫だよ」

「そうですか」

「それより、本当は上條君とデートだったんだろうに、余計な事を頼んで悪い事をしてしまった」

「それは大丈夫です。 俺も久しぶりにこの店に来たかったんで……」

「それなら…  私はあそこのベンチで休んでいるから二人で見に行ってくれば良い」

そう言うと、高槻は弘樹と野分から離れエスカレーター横に設置されているベンチへと向かった。

 

「これなんかどうですか?」

野分が見せたのは、飾りっ気の無いシンプルなグラス

少し長めのそれは耐熱性で、これからの季節アイスコーヒーを淹れるにに丁度良い

「そだな… 値段は少し高めだが良いんじゃねぇか」

「じゃあ 俺、清算に行ってきます」

答えを聞いた野分が、グラスを二個手に取りレジへと向かって行くのを見送り

弘樹は、茶碗と湯呑が並べられた棚の前に立ち尽くしている忍を見付けて近寄った。

「どうかしたのか?」

突然声をかけられた忍が、ビクリと肩を震わせ振り返るのを見て

「悪い、脅かしたか?」と問うと

「……別に」

いつも通り愛想の欠片もない忍

弘樹はむかっ腹が立ったが、いい年をした大人がそんな程度で怒鳴れるはずもなく

とにかく、怒りを抑えるために数回深呼吸を繰り返した。

忍は、再び棚に向き直り真剣に考え込み始める。

「教授の好みで悩んでいるのか?」

「・・・」

「教授の好みの物は自宅に在るだろうから、君の家の物は君の好みで選べばいいんじゃないか?」

「…でも……」

「教授にとったら、柄やデザインなんて問題じゃないだろう」

「はっ!?」

ただでも弘樹を敵視している忍に、いつもの調子で物を言えば喧嘩を売っているように聞こえたのだろう

忍の態度で気付いた弘樹は、頭を掻きながら

「教授にとったら、君が教授の事を想って選んでくれた事の方が重要だってことだ

ついでに言うなら、君の趣味や好みにも気付くことが出来るから喜ぶと思うぞ」

弘樹の補足説明を聞いて、そういう事かと納得した忍は

暫く弘樹の顔を見つめた後、微かに聞える程度の小さな声で「ありがとう」と呟いた。

「あ…  あとなぁ、研究室で使っているマグカップだけど、少し欠けてたから

君とお揃いの物を買って渡すのも良いかもしれないぞ」

いつもいつも野分をネタにして弘樹をからかう宮城

その宮城に仕返しが出来るかも知れないという期待を抱いて話を振ったのだが・・・

元来、根が素直な忍は茶碗と湯呑を選んだ後

暫くの間、マグカップの棚と睨めっこをしていた。

 

久しぶりに二人揃っての休日だったのに、高槻に呼び止められたせいで一日が買い物で潰れてしまった。

「せっかくの休みだったのに、俺が学部長に見つかってしまったばっかりに…  悪かったな」

帰宅後、謝る弘樹に、野分は買って来たばかりのグラスにアイスコーヒーを淹れ弘樹に手渡しながら

「いえ、忍君の買い物のついでに色々見ることが出来ましたから…

それに、俺はヒロさんと一緒に居られればどんな時でも幸せですから」と答える。

本当は「人前でおかしな事を言うな」と、少し説教をしなくてはと思っていたのだが

そんな風に言われると、野分には敵わないと思い知らされる。

自然に熱を持つ頬を野分から隠したくて、視線を外しアイスコーヒーに口を付けた弘樹は一口飲んで首を傾げる。

「なあ、野分 コーヒーの豆変えたか?」

「え? いつものアイスコーヒー用ですよ?」

「そうなのか? なんか、やたら飲みやすいから…」

弘樹が不思議そうにしているのを見た野分は、自分も一口飲んでみて確かに飲みやすいと感じる。

そして、もう一口飲んで気付く。  グラスの口当たりの良さが味覚も変えているのだと・・・

「ヒロさん、グラスの口当たりが良いから味も良く感じる見たいですよ?」

野分の指摘に、弘樹は今度はグラスに注意を払いながら再度コーヒーを口にする。

「…本当だ  グラス一つで随分と替わるもんなんだな」

「はい、同じシリーズでビアグラスも有りましたから、今度はそれを買いましょう」

「ああ、そうだな」

忍の買い物に付き合わなければ、今日あの店に寄る事は無かった。

そうすると、このグラスを手に取る事も無かったのだから美味いコーヒーを話題にする事も出来なかった。

そう考えると、結果的には良かったのだろう。

弘樹は、次の休みに野分と出掛ける口実が出来た事を嬉しく思いながらソファーに身を沈め今夜の過ごし方を考えた。

 

 

休み明け、宮城が持って来たひげパンダ柄のマグカップを見て

『このネタでからかってやろう』と、弘樹はほくそ笑んだのだが

「忍からお前達に礼だそうだ」と言って渡された物を見て思考が停止する。

それは、宮城の物とは全く違ったデザインのカップで、ラブリーなヒヨコが描かれていた。

「彼氏用のカップは、直接病院に送っておいたぞ」

「はあ?! なに勝手なことやってんですか!?」

「上條に預けると、彼の目に触れる前に処分されそうだからな

忍が、お前達は「離れていてもお揃いの物を使っているのが似合いそうだ」と言っていた。

せっかくの忍の気持ちを大事にしてやってくれ」

宮城の言葉は確かに本心なのだろう

処分云々に関しても、当たらずとも遠からずと言える。

野分に「よこせ」と言ってもおそらく頷かないだろう。

『せめて、お揃いのカップを送られている事に気付かれないようにしなければ』等と考えていた時

「因みに、彼氏のカップもヒヨコ柄だがロゴが色違いになってるペアーカップなんだ

上條のカップとペアーになってるって知ってもらうために、そのカップの写真を一緒に入れて送ったからな」と

無情の声が聴こえ、弘樹の《教授をからかい返してやる》という計画は見事に潰えてしまった。

それどころか、数日後、学部長からの呼び出しに応じて学部長室を訪れると

更なる赤面モノの品を受け取る事になり、途方に暮れる事態に陥ったのだった。

 

 

 

【補足】

「親父」

「ん、なんだ?」

弘樹達と別れての帰り道、息子に呼びかけられて立ち止まると、忍が難しい顔で腕組みをしていた。

「忍、どうした?」

「……親父は、本当に男同士が恋人でも偏見の目で見たりしないわけ?」

「ん? 上條達の事か?」

久しぶりの息子との会話が嬉しくて、高槻は気軽く問い返す。

それに対して、忍は少し間を置いて頷く

「それは…  まあ、少し驚きはしたが

私はそんな事で上條に対する評価を変えたりする気は無い

上條は、真面目で優秀な奴だし、あの彼の方も好青年だしな」

「・・・」

「私からすれば、上條は大切な部下だ。

その部下が幸せならそれで良いと思っているつもりだ」

「……そうか」

「まあ、日本では同性の結婚は許されていないわけだが

事実上の結婚って事にでもなれば、祝いの一つでもしてやりたいと思うくらいには認めているよ」

「だったら、あの二人一緒に住んでるって宮城から聞いたことがあるんだけど」

「えっ、そうなのか?  なら、何か考えないとな

来週、母さんとデパートに行く予定だから、その時に何か見つくろってくるか

部下の結婚祝いを探すなんて久しぶりだ」

どこかしら嬉しそうな父親の横顔を見ながら、忍は『これなら俺と宮城の事がばれても大丈夫かも』と思ったが

もしも反対されても『部下が幸せになるのは良くて、息子が幸せになるのはダメなのか!』と言ってやることが出来る。

そんな不穏な事を考えながら『証拠に、アイツらの祝いの品の写真でも撮っておいてやろう』と思い付く。

「親父、デパートに祝いを探しに行く時だけどさ、俺も行って良いか?」

「ん? ああ、じゃあ三人で出掛けるか?  母さんも喜ぶ」

高槻は、息子の画策等に思い至りもせず

何の疑いもなく息子と出掛けられる事を楽しみに受け入れた。

翌週末、親子三人で都心の大型デパート出掛け、お祝いなら華やかな方が良いという夫人の勧めで

高槻がえらんだのは、九谷焼の夫婦湯呑だった。

 

 

 

 

 

【あとがき】

 

倉庫壱壱壱の春名様へ、相互リンクのお礼です。

以前、学祭のお話を書いた時の高槻学部長を気に入ってくださったとのことで

《高槻学部長の出てくる話を・・・》とのリクエストでした。

高槻学部長、良い人なのか天然なんだか分からないキャラになってしまいましたね〜

お父さん、息子に言質を取られてるし(笑)

油断していると、忍チンの独壇場になってしまうところが忍チンの凄さと言うか・・・

 

2010.4.22                    ――― 十六夜 ―――

 

で、このお話を拝見した後に私めが描いたのがこの絵って・・・。
学部長が単なるおじさんになってて泣きそうです(他はいいのか!?)
あとですね・・・ロゴが色違いのペアカップを思い切りよく色違いのコップで描いてますよ・・・。
申し訳ありませんです。

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