「年の始めのためしとて」 「あけましておめでとうございます。本年も何卒、ご指導ご鞭撻の程、よろしくおねがいします」
一月四日、初出勤。
例年のコトながら、正月の決まり文句を、人に出会うたびに何度も何度も繰り返し言って、そして言われた。
この文言を言うために訪問して訪問されて、頭をさげてさげられて、ぺこりぺこりと見え透いた御機嫌取りを繰り返すのは、
日本の伝統文化だといえば聞こえはいいが、どう考えても社交辞令で、ある意味、罰ゲームに近い。
……疲れた。
新年会という名目の飲んで騒ぎたいだけの連中の企画する飲み会に連行されそうになったのを、
適当に理由を付けて辞退して帰路に着いた。
一番、新年を一緒に祝いたい相手の顔は今年になってからまだ拝んでいない。
野分が昨年の暮れから帰ってきていないのだ。
「あいつが選んだ仕事だしな」
自分を納得させるべく呟いた言葉だったが、逆効果だったらしく、ため息が漏れる。
真っ白な吐息が夜空に溶けて消えた。
「……寒ッ」
早く帰ろう。帰って風呂にでも入ろう。
俺の足は次第に急ぎ足になっていた。
マンションに着いたが、同居人の姿は見えなかった。
やっぱり今日も泊まりか。
新聞、年賀状、その他、郵便受けに入っていたものを、まとめて引っつかんでリビングのテーブルに置こうとして一通の封書に気がついた。
『上條様』
愛想もへったくれもない茶封筒。差出人不明の俺宛の手紙。切手が貼られていないことからして、
誰かが郵便受けに突っ込んで行ったものらしい。
マンションの管理人や町内会からの回報なら「草間様」で来るはずなのに。
不思議に思ってあれこれと考えてみたが思い当たらないし、結局は想像でしかない。
最終的に中身を見てみるのが手っ取り早いという結論に行きつく。
俺宛の代物なんだから、誰にとがめられる覚えもない。
勢いよく封を破った中から出てきたのは一通の手紙とDVDのディスクだった。
なんだ?
とりあえずディスクのほうは置いといて、手紙に目を通す。
あけましておめでとうございます。
ごきげんいかがですか? 津森です。
「津森……って、あいつか!」
野分の先輩。例のチャラチャラしたヤローの顔が脳裏にチラついて最悪な気分になる。目下のところ、
俺の好かん奴リストの筆頭に位置している人間が、俺様に何の用だ?
(本文より抜粋)
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